今日も今日とて徒然草日記

Is life over, this life's over?
Or has it only just begun?




[PREV] [NEXT]
...... 2019年04月29日 の日記 ......
■ 記憶   [ NO. 2019042901-1 ]
自分は小春が家に来た当初の頃は知らない。
大学3回生だったか。

ログを見るに2006年の4月16日のようだ。
確か弟から写真付きのメールが届いて知った。
そのメールも写真も記録に残っていないけど、まだくちばしが黒くて、頬は赤くなくて、目ばかり大きかったのを覚えている。
何気にカメラ目線でもあった。

直接触れたのはその2週間後、GWに入って実家に帰省したとき。
これまで文鳥とセキセイインコしかいなかったから、幼鳥とはいえそれよりひと回り大きい身体つきとくちばしに、「これ噛まれたらヤバいやろうな」と思いながら指を出した。
小春が取った行動は指先に頭頂部を擦り付けるような、いわゆる「撫でて」だった。

それから2年ほど、自分も大学卒業まで神戸で過ごしたわけで、長期休暇中に実家で構うぐらいの接点しかなかった。
この頃にはコザクラインコの性質なのか小春自身の性格なのか、非常にわがままでやんちゃでとにかく気分屋な成鳥になっていた。
非常に寂しがり屋でもあった。
幼少期に接した母と弟がべたべたに甘やかしたところもあるんだろうと自分は思っている。

就職とともに自分が実家へ戻ってからは、何かと嫌われてたんじゃないかと思う。
多分母と弟のことが好きで、自分はどこか他所から突然入ってきた居候ぐらいに見られてたような気もする。
縄張り意識の強さは確実にあった。

弟も自分が実家へ戻る前には進学で実家を出て、母はパート先の人繰りで勤める時間が不安定になった。
小春は留守番することが多くなって、突然増えた居候にも気を揉み、毛引きになってしまった。
毛引きは癖になり、最後までずっと治らなかった。

相変わらず小春は自分に特別懐くようなこともなく、手を出すと噛まれたりすることもあって、互いに干渉しないような状態が数年続いた。

いつだったか。
特に記録するようなことだと思ってなかったから記憶を辿る材料はないけど、多分5,6年ぐらい前。
多分それなりに寒い時期。
多分ばかりだけど多分他に誰もいなかった時。
多分寒かったんだろう。
珍しく小春が近付いてきた。

突然話は飛ぶけど自分は手が温かい方だと思う。
冬でも普通の人以上に温かいという自覚はある。

ふと、思いつきで、何となく、小春を掴み上げてみた。
素手で。
互いにおっかなびっくり。

普段も捕まえる時に掴むことはある。
ただ確実に噛まれるからタオルを使って掴む。
それも2枚重ねで。
それでも貫通することがある。

素手で持ち上げるのは初めてだった。

少しの間は噛まれてたと思う。
それでもそう長くないうちに落ち着いて、温かさに気付いたようだ。
しばらくすると寝てしまっていた。

それから、さり気なく寄ってくることが増えた。
ただこちらから寄っていくと威嚇してくる。
自分が気が向いた時以外に触れられるのは腹が立つようだ。
結構似た者同士なのか。

普段はぬいぐるみが山ほど入った犬猫用ベッドの上で寝ていた。
人がいてもいなくてもほとんどの時間をそこで過ごす。
上には毛布なりタオルなりをかけてある。
真夏なんか見てる方が暑くてやめてくれという気分になるが本人は幸せなようだ。

ぬいぐるみにも好みがあるらしい。
マイブームもあったのかもしれない。

大型のものから小型のものまで、好みの傾向はよくわからなかった。
好きなものでもいつの間にか噛んでしまってて、中の綿が出たり、目なんかがあるものだとよく毟ったりしていた。
ベッドも穴を開けてしまって何台も代替わりした。

ただ、いつか与えた三井住友銀行の「ミドすけ」というキャラクターのぬいぐるみだけは、常に寄り添って、ほとんど痛まなかった。
甘噛みして、身体すり寄せて、枕にして、本体がうっすらと黄ばんできたけど、数年の中で破損しなかったのはこれだけだった。
たまに奪い取ってやると追いかけてきたりもした。

他には、カニのぬいぐるみとカピバラのぬいぐるみが好きだったようだ。
カピバラは父が手を骨折したとき、リハビリで物を握るのにちょうどいいからと持ち去ったら、取り返しに行ったらしい。
普段は自分の部屋から一歩も出ないくせに。

与えたものを気に入ってもらえると悪い気はしないもので、小さいぬいぐるみを見かけてはよく調達するようになった。
ゲーセンに行かなくなったけど、プライズコーナーだけはちょっと覗いて、何か取れそうなものがあれば持ち帰った。
何気にトータルで結構な出費になっている。

3,4年ほど前までは、6時半ぐらいに起こして19時ぐらいに寝させる生活サイクルだった。
主に母がそのリズムで世話をしていた。

何故か夜寝るときはカゴの中で壁に掴まったり、逆さまになって寝たりしてたようだ。
よくわからない行動のひとつだった。

就職した直後は自分が19時までに家に帰ることはほとんどなくて、異動で少し近くの職場になってからはたまに帰れるようになった。
だから平日はほとんど顔を見ることもなかった。

ある時から、母が小春を寝させる時間を少しずつ遅くしていった。
それが鳥にとっていいことなのかどうかはわからない。
ただ確実に、平日に小春と会う時間が増えた。
急に遅くしたわけではないけど、最終的には21時半から22時ぐらいに寝かし付けるようになった。

飲みが入ったり、仕事が遅くなったら間に合わないこともあった。
それでも大半の日は、帰って、夕食取って、しばらくは小春と生活する時間ができた。

いつの間にか、近くにいるのが当然になった。
冬はまだしも夏の暑い最中にも、手のひらに潜り込んでくるようになった。
右手でマウス持ったり作業しながら左手で小春を握り込む日々。
汗かくわ。

ゲームなんかほとんどしなくなったけど、たまにパッド持ってると邪魔してくるようになった。
PC触ってるときも無視してると無理やり視界に割り込んでくる。
最近iPadを持つようになってからは画面に乗って妨害することも覚えた。

去年ぐらいから、お茶を飲んでたら周りをうろうろするようになった。
別にお茶をせがんでいるわけではない。
水を飲ませろと言っていた。

常備している小春用のコップを差し出すと当然のように飲む。
右手で自分のお茶を飲んで左手で小春に水を飲ませる。
何でわざわざ一緒に飲むと言うのか。

風呂に入るのは下手だった。
水自体が嫌いというわけではないらしい。

たまにコップに張ってる水で顔を洗っていた。
本人としては身体中びしょびしょになるぐらい風呂に入ってるつもりなんだと思う。
実際にびしょびしょになっていたのはその周囲だけであった。

せいぜい首から上しか濡れていないのに、実に満足気であった。
好意的に表現しても顔を洗っているというのがせいぜい。
正直溺れてるんじゃないかと思うぐらいだった。
もしくはスプリンクラー。

夏場、冷えたペットボトルの表面についた水滴に身体を擦り付けるのが好きだった。
ほぼ真夏限定。
それ以外の時期は特に冷えてないペットボトルに霧吹きで水滴つけることもあった。

その程度の水浴びしかしなかったから、普段は母に毎日、あるいは2日に1回ぐらい風呂に入れられてた。
真冬はもちろんのことながら、真夏も水道水は冷たいと文句を言い、常にポットの湯を混ぜてぬるま湯にしていた。
なお自分はこれを洗濯と呼んでいた。

洗濯が終わってしばらくは人が変わったかのように大人しくなった。
放心してるのか何なのかこの現象だけはついぞよくわからなかった。
もうしばらくすると膝の上で乾かし始める。
別にそこでする必要はないが何故か来る。

音への反応が過剰だった。
特にビニール袋がバシャバシャ鳴る音と、外で野鳥が鳴いている声には強い反応を示した。
前者も鳥の鳴き声に聞こえてたのかもしれない。

元々はアフリカに生息する鳥らしく、広大な土地で仲間と呼び合うために声が大きいんだろうというところまではわかる。
外から聞こえてくる野鳥の可愛らしい声とは対極のシャウトで意思疎通はできてたんだろうか。
神にボリューム調整の機能は備え付けられなかったのかな。

紙を細長く噛み切る習性には手を焼かされた。
これ自体はコザクラインコの習性だから仕方がない。

ただ人間にとって「これは噛んだらいかんという紙」を見抜くその嗅覚は何なんだろうか。
要らない葉書やらチラシを「噛んでもいいで」と渡しても見向きもしない。
大事な本や書類だけを的確に狙う手口にはずっと悩まされた。

ちなみに紙を噛むこと自体それほど上手くなかった。
真っ直ぐ切り取ればいいものを、何故かカーブを描いて噛み切る。

コザクラインコは切った紙を腰に差して持ち運ぶ習性があるけど、切り方が下手なせいでちゃんと差せてなかった。
これは毛引きで腰の羽が少なかったことも大いに関係してる。
最近では切るのが目的になって、その後放置してた感すらある。

麻の実が好きで偏食家でもあった。
普通のブレンドにオーツ麦と麻の実を一緒に入れると麻の実からなくなる。
次にオーツ麦。
どちらもなければ仕方なく普通のご飯。

麻の実がなくなって「仕方ない」と諦めるまでに散々アピールをした。
視界に入るところをうろうろする、近くにいる人物(=95%以上は自分)を噛む、当て付けのようにこっちを見ながら普通のご飯を食べる。

通常、夕食は小春のいる部屋で取らないから、しばらくの間は部屋で待機することになる。
大抵はぬいぐるみに埋もれて寝ている。
ただふと目が覚めて人を探し回ってることがある。

生活音がないと孤独を感じるらしい。
夕食時だとか短時間誰もいなくなるときも、テレビは点けっぱなしになった。
ちなみに母が夕食の準備で部屋を離れる時は、NHKの教育番組を流していたそうだ。
まるで子守りのようだ。

晩年は、特にべったり張り付くようになった。
昔は父母も土日が休みだったけど、今はシフトが変わって土日に自分しかいない日が増えた。

この頃から土日に朝から出かけることをちょっと控えるようになった。
昼を過ぎれば母が帰ってくるから、それまでは小春といた。

別に自分がいても全く意に介せず、ベッドでぬいぐるみと寝てるのが大半ではあった。
でもちょっと何か触りだすと的確に割って入ってきた。

とにかく一人は嫌で、構って欲しかったんだろうと思う。

晩年は、出来る限りそれに応えようとはした。
ぬいぐるみも置き場がないぐらい取ってきた。

ただ自分にも仕事をはじめ生活はあるし、家にいても一人でやりたいこともあった。
満足行くまで付き合うことはできなかった。
それが心残り。

また、自分がそっちへ行った時に遊ぶから。
それがいつかはわからないけど、待ってて欲しい。

...... トラックバックURL ......
  クリップボードにコピー

...... 返信を書く ......
[コメントを書く]
タイトル:
お名前:
メール:
URL:
文字色:
コメント :
削除用PW:
投稿キー: