今日も今日とて徒然草日記

Is life over, this life's over?
Or has it only just begun?




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...... 2019年04月28日 の日記 ......
■ 小春   [ NO. 2019042801-1 ]
小春が落鳥した。

誰もいない、静かな、僅かな時間のことだった。

仕事が休みの父と、午前中でパートの終わった母とで、正午に珍しく昼食に出かけた。

帰りに、ホームセンターで小春の麻の実やご飯をまとめ買いした。

麻の実が好きでこればっかり食べるよな。たくさん買っとかんとな、と。

その、家に帰り着くまでの2時間足らず。

たったそれだけの間。

カゴの中で倒れていた小春に駆け寄って抱き上げた時は、まだ温かみがあった。

鼻が濡れていたのは寒かったからなのかもしれない。

先日で満13歳を迎えて、ここ1,2年は、(少なくとも自分は)密かに覚悟もしていた。

ただ、それは、今後例えば病気をしたり、あるいは高齢化で身体機能が低下して、治療のかいなく弱っていっても、しっかり見届けようという覚悟だった。

こんな、まだまだ続くと思っていた日常生活の最中に、突然消えてしまうようなことを想定した覚悟ではなかった。

わがままで、気が強くて、気に入らないことがあれば暴れて、周りに散々面倒かけて、でも誰よりも寂しがり屋で、いつもぬいぐるみか人に寄り添っていた。

だからこそ、こんな誰もいない時に、友達のぬいぐるみからも離れたカゴの中で最期を迎えた寂しさ、想像に余りある。

そんな想いをさせてしまったことが悔やまれてならない。

昨日と今日は普通二輪の教習で不在がちで、あまり一緒にいられなかった。

これが最期だと知らなかったとしても、せめていつもの土日のように何するでもなくそばにいてやれたなら。

もし、寒さが原因だったとして、毛布の一枚でもかけてやれたなら。

悔やむに悔やみきれない。

鳥に限らないけど、動物は体調不良や病を隠す。

弱ると狙われるという野生動物の本能だから仕方がない。

小春も、何日も、あるいはもっと前から何らかの病気が進行していて、隠してたのかもしれない。

もしそうなら、皮肉なことに小春のそれは完璧だった。

少なくとも、30年近く色んな鳥と寄り添ってきて様子を見てきた人間から見ても、あの時、「行ってくるで」と声をかけた時の小春は普段通りに見えた。

これまで、散々やりたい放題して、迷惑かけて、世界(我が家)は小春を中心に回っていたと言っても過言ではない。

ただ、最後に、もっと、もっと、迷惑をかけてもらいたかった。

痛い 寒い 苦しいと、いくらでも暴れてもらいたかった。

みんな、その程度の迷惑では釣り合わないほど、たくさんのものを、もらったのだから。

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